どうも、さなぎです。
今年もライブたくさん行けてやったね〜〜〜〜、人生ハッピーいえ〜〜い。
その裏側で、ライブに行く人は行く人なりの覚悟が必要だと思っていて、「やりすぎじゃない?」って言われるぐらいの対策はしてきたつもり。
家族にも協力してもらって、帰宅したら毎日欠かさず身の回りのもの全てを消毒してたし、外出中も何かに触れたらその箇所全部覚えて拭いてたし、他人と食事する時もマスクを外さなかった。
(現実的にやっておけばいいことの範囲は人それぞれだけど、僕はこれが基準点だった)
とりあえず現時点で僕の最高の楽しみは"デカい音が鳴ってる瞬間に立ち会うこと"以外にない。
だから、それが楽しいと思う限りはそれさえあれば良いと思っているし、それがなくなって欲しくないという想いで今年も生きてきた。
幸いにも僕の好きなアーティストは出来る限りそれを続けてくれたので、信頼が更に厚くなったよね。
さてさて、前回のブログで言ったように、これまで僕が何故歌詞考察をしてきたか…みたいなことを語ろうと思う。
少し前のZOOMで(勝手に)答えられた部分とか、この1年で僕の中でも考え方が変わった部分がかなりあるから、まあ当時はこう思ってたよっていう意味も込めて、そのまま書いていくね。
※読み返したらちょっと攻撃的だったんだけど、そういう気持ちは0だよ〜ん。
以下、お蔵入りブログの切り抜き。
🍵🍵
2011年、「オリオンをなぞる」に出会って以来、僕はUNISON SQUARE GARDENを追いかけるようになった。
ライブはもちろん、雑誌やネットのインタビュー、ラジオのゲスト出演やテレビ、ニコ生、当時はイキリまくってた本人のTwitter、公式ブログなどなど。
別に石油王の息子ではないので、学生の頑張れる範囲に留まっていたけど、それでも出来る限り彼のマインドをトレースし続ける生活だった。
勘違いしてほしくないのが、これは別に義務感に駆られていた訳ではない。
単純に認識のズレがめんどくさいというか、コイツが何考えてるかを知っておきたいだけだった。
僕が
「田淵さんの言うことは全部正しい!」
っていう信者発言を死んでもしない為にも、彼との距離感がどれぐらい離れてるかを常に把握することが、アーティストと長く付き合っていく方法だと今でも思っている。
↑要約すると、彼の発言は理解しつつ、それが正しいかどうかは自分で判断しようね、みたいな感じ。
月日は経って、2021年。
配信などでDIALOGUE+ファンの前にやたらと顔を出すようになったアニソンベースおじさんはそのカリスマ性(?)を存分に発揮し、ファンの心を掴んでいった(気がする)。
この時、僕が本当に勝手ながら危険視したのが、信者の登場と認識のズレだった。
どういうことかというと
恐らく大多数のファンは今までのアニソンライブ文化と新しくやってきた田淵マインドを掛け合わることで、DIALOGUE+のライブ観を構築しているように見えた。
でも実際は、掛け合わさっているのではなく、どっち付かずの状態(ファンがよく言う声優なのか、アイドルなのか、バンドなのか問題も含め)、非常に不安定な基盤の上で進んでいるような気がしている。
※まあそれはこのチームが発足した時点から浮上していた問題な気もしているし、(の)のニュアンス的に「なんでもやる」みたいな発言もあったことから、僕自身は納得してるよ。
ただ今回の論点はそこではなく、それによって「なんか違うな」って思うファンが出てきてしまうのではないか、ということだ。
さっき僕が書いた「距離感がどれぐらい離れているか」でアーティストを見ているならまだしも、一般的なファンは
これから田淵マインドをゆっくりトレースしていくフェーズ
のはずだったのに、ガンガンZOOMで接触して、急速にアニソンシーンと掛け合わせようとしたことで
「田淵さんがこう言ってるから」
という感情で強引に距離を縮めようとして、目の前の現象を片付けてしまうのではないか、と思った。
じゃあ具体的に、そこに何か問題でもあるのかといえば、さっきも言ったけど「なんか違うな」の発生源になる可能性である。
例えば、UNISON SQUARE GARDENはアルバムツアーなのに、そこに収録されているアルバム曲をやらないことがあるのは知っていただろうか。
フェスではお決まりの楽曲がメインになるし、季節感のズレたセトリ(夏に冬曲とか)を組むこともある。
もし今回のツアーで外されたアルバム曲があったら?
今後のセトリでセンターボーカル曲が過度に偏ったら?
つまり、"そういう感覚"でセトリを組んでいないのである。
僕がこれまで見かけたセトリ批判は大体これを知らない人が多い。
だから、自分の元々持ってるアニソン文化と田淵マインドを掛け合わせようとして、そこでバグが発生する。
そのエラー出力結果が「なんか違うな」になったら、それって最悪じゃない?と思った。
また、本業ファンからすると「鬼繋ぎ」や「MCなし」という売り文句もやや疑問符が立っていて、本来その二つは音楽を楽しむために排除した時間なのであって、そこをフューチャーしてしまったら本末転倒ということだ。
それに「(長い)MC嫌い」って言うけど、別に本業でもMC自体はあるし、普通に暗転もあるしね。
※実際、僕以外の本業ファンからも聞こえてきた話なので多分みんな感じてるんだと思う。
僕自身、掛け合わせた答えがどういうものか分かっていないし、多分これは本人の口からしか正解はないんだろうけど、このまま行って良いのかなって感情が少しずつ芽生えるようになった。
本当にお節介だと思うし、何様なんだよとも思うけど、、
でも少なくとも僕の見えてる範囲とその近辺の人達だけは、そういう摩擦でファンを離れてほしくなかった。
だから、何か変えたくて、本人が何も言わない(言えない)のであれば、せめて僕の見えてる景色を共有しようと今年の頭に思い付いたのが、歌詞考察ブログ。
少しでも彼のマインドやバックグラウンドに興味を持ってくれたら良いなという想いで、柄にもなくハッシュタグ付けてブログあげてた。
友達にも夜な夜な「どうしたらいいかな」って相談してみたりね。←高校生?
実は気合い入れて「Sincere Grace」の考察する前に「好きだよ、好き。」とかも書いてるんだよ。
流石に考察マンネリ化すると思ってずっと下書きにあるけど。
別にオタク(総称)に「やべえ」とか「すげえ」とか言われるためにTwitterやってないし、これからも媚びることはないしさ、それでも僕に興味ある人はちょっと一緒に考えようぜ。
(見ての通り、僕は音楽P側しか分からないので、(の)の行動とかカバー出来ないしね)
…って感じで、答え合わせはおしまい。
🍵🍵
↑切り抜き終わり。
こっからは解説…というか今(12月下旬)の思考。切り抜きとは少し考え方が違くて矛盾してるかもだけど、そこんとこよろしくね。
まず、オタク(総称)の人って、どんなライブに行く時も自分のマインドポジションから動かずにライブ見てると思ってて。
バンドに行くにしても、アイドルに行くにしても、自分がオタク(総称)であることから離れることはない。
逆にバンド出身の人(少なくとも僕)は、「今からオタクのライブに行くんだ」というマインドの切り替えをライブの時は無意識にやってるような気がしている。
むしろ、やらないとムリまである。
そういう意味で、ハードルが意外と高いから、皆が思うほど本業からアニソンシーンに興味を持ってくることは少ないんだよね。
それにオタク(総称)側もマインドを切り替えないから、バンドのライブに行ったところで知識のアップデートはそこまでされず……
(きっと本業のライブ見ても言いたいこと伝わらないかもって最近思ってきた)
要は、どちらの環境もフラットな目線で見れる人って多分あんまり居なくて(諸説)、現状の不安定さみたいなものに気付けないのかもしれない。
(そもそもこれを不安定と思うかどうかが人それぞれだからなんとも言えないけど)
あとZOOMの質問コーナーで「〜〜ってどう思ってますか?」的なマインド質問が未だに飛んでくる時点で、彼の思考が浸透してないわけだし……
裏話とかじゃない限り、マインド系の質問だったら僕でも答えられるから気軽にリプしてきていいよ本当に()
もちろん、これは誰が悪いとかではなくて、そりゃそうなるだろうっていう必然性すら感じられる部分ではあるんよね。
でも、運営やファン同士で繋がって、時が来たら関係ごと終わるような便利ツールとしてアーティストがいるわけじゃないんだよ。
限られた寿命の中で、彼女たちは今も進もうとしてる。
この気持ちはエゴでもなんでもなくてさ。
17年以上活動してきた彼らを追う上で、残ったファンがどういう奴らか知ってるし、
もしこれからファンが今までのアニソン文化とは全く異なる"ふるい"にかけられた時、君は本当に残る自信がある?
本能のまま追いかけられる?
星の数ほどいるアーティスト側が個性を出すため・生き残るためにいろんなマインドを提示する中で、それを理解する・擦り合わせなきゃいけないのはファン側の仕事。
あ、勿論「理解する」ってのは「距離感がどれぐらい離れてる」ってのも含めてね。
向こうの言うこと全部肯定して、ただ傍観してるだけじゃ、置いていかれるよ。
しっかり見つめて、自分の中で距離感測って、本能で受け入れられそうなら受け入れて、微妙なら妥協点見つけて、何があっても「なんで?」って思わないぐらい、ちゃんと理解できるまで考えなきゃいけない。
だから僕はずっとファンに訴えかけてる。
例えば、最近の再生回数キャンペーンで、ファン側から倫理観を問う書き込みが散見されたけど、多分そういう人って運営の宣伝目的も理解してると思うんよね。
だからこれってただのポジショントークにしかならない訳だし、ぶつかっても意味ないじゃんね。
要はこの状態って"自分の中では違うなって思うけど、まあなんとなく理解する"フェーズで、まさに僕が最初に言った「そもそも距離感が離れてるから」で落ち着くか、「なんか違うな」って言いながら去っていくかの分岐な気がしている。
ってかさ、運営も推し(?)も神じゃない。
ただの人なんだよ、自分と違って当たり前じゃない?
「〇〇のファン」っていう縄張りとか周りからのレッテルとか、そういうの気にして自分のポジション離れられず、そのポジションが悪く言われないように運営ごと変えようとしてない?
※間違ってるって思ったら正したくなる気持ちは痛いほどわかる。
でもさ、なんだかんだ言って結局残るのって距離感ブレない奴らだけだと思うんよ。
だから、まあ何が言いたいかっていうと、長く付き合っていきたいなら自分が変わることも考えてみたらってことかな。
ペンライトも手拍子も掛け声も長いMCもよく分からないカバーも金積ませる商法も3年前は全部クソだと思ってた。
自分の信じたマインドが1番カッコいいと思ってた。
でも、そんな地球の反対側みたいなマインドのライブに行き始めて、何が正しいかはアーティストそれぞれだって気付いた。
もし自分のフィルターを付けたり外したり出来るなら、摩擦が起きる可能性は格段に減ると思う。
それでもダメなら合ってないからしょうがないかもね。
僕はたまたま運が良くて許容範囲に好きなアーティストが全部収まってるだけなのかもしれないけど、意外と溢れないもんだと思うよ、とだけ言っておく。
まあ取捨選択は自分次第なのでね。
頑張ろうね。
……と、まあこんな感じで僕の思考は1年かかってやっと落ち着いた。
切り抜き(今年の1月)時点での僕は、運営まで変えたかったのかもしれない。
でも、ポジショントークをいくら繰り広げたところで全く意味なくて。
だったら「あ、こう思ったら楽かも」って人がジワジワ増えたらいいなって、そんな感じになった。
だからもうそういった意味合いで考察とかはしないと思う(単純にツイートするぐらい)
いやぁ、僕が本業を何故追えているのかちゃんと考える良い機会だったよ。
自分の信じたアーティストが全部正しいなんて1ミリも思ってない。それでも人生の半分をそいつに捧げてる。
ただステージで音楽鳴らしてる姿を見て、次も、その次も、そのまた次も…って繰り返す日々が続くことを願うだけ。
それだけで十分じゃない?
それでは、また。